生命の起源はどこまでわかったか――深海と宇宙から迫る

高井研氏は1969年生まれの微生物学者で、海洋研究開発機構（JAMSTEC）の地殻内生物圏研究分野長である。著者は世界中の深海を探索し、生命の起源の謎を探求してきた。その過程で生命の起源は地球だけでなく宇宙をも含めて探索することで大きな成果に繋がることに気付き、アストロバイオロジー（宇宙生物学）研究者との共同研究にも着手した。本書はJAMSTECの広報誌『海と地球の情報誌 Blue Earth』の特集を機会に、その共同研究の途中経過をまとめたものである。多くの美しい写真や図版が豊富に用いられ、また高井氏の研究者としてチャレンジングで磊落な性格もうかがえる楽しい本である。近年、地球における生命の起源が深海熱水活動域にあるという説が有力になった。著者らの探索活動もその一翼を担って、画期的な発見も行っている。それはインド洋かいれいフィールドにおける初期生命生態系の生残り「ハイパースライム」（超好熱地殻内化学合成独立栄養微生物）の発見である。JAMSTECでは、実験室で冥王代地球の深海熱水反応を再現し、初期生態系を維持するのに十分な濃度の水素を供給できることを確認している。著者らは以上の深海熱水域探査と実験を基に生命誕生と初期進化のシナリオを「JAMSTECモデル」として提唱するに至っている（第1章）。地球における生命の誕生については、40億年前の地球環境を推定し、生命の材料やそれを最初期の生命誕生に導いたプロセスについて緻密な検討が必要である。深海熱水活動域だけでなく、小天体衝突も含めた再現実験が行われている。ここから、地球生命の起源を宇宙生命と比較することでより広い視野から研究しようという発想が生まれる（第2章）。当面、人類がアクセス可能な天体として土星の衛星など、太陽系の各種天体における生命の存在を探査する計画が具体的に検討されている（第3章）。また、高井氏（微生物学）と宇宙生命の研究者2名（天文学と太陽系探査科学）との、研究最先端を語り合う座談会が付されている（第4章）。本書の特徴は、高井氏による「生命の起源研究 7つの論点」である。生命の起源については百家争鳴状態であり、素人には全体像を掴みにくい。この解説では次の7つの論点に分けて、これまでの膨大な研究が分かり易く整理されている。①生命の定義、②生命の材料となる有機物の起源、③地球生命は多系統的起源か単系統的起源か、④最初に誕生した生命は従属栄養か独立栄養か、⑤生命誕生のセントラルドグマ、⑥生命誕生の場、⑦生命存続の可能性。論点がチャートで可視化され、また主な原論文がリストアップされているのが有難い。高井氏は、「地球生命は、原始地球の環境における物理的化学的必然として誕生したものとして説明できるはずだ」という信念の下で研究を進めているという。今後の深海および宇宙における研究の進展が楽しみである。